ラブ&マーシー

期待の本作を秋の気配が漂ってきた夏の終わりにサロンシネマ1にて鑑賞してきました。アメリカの生んだ最高のサウンド・クリエイター・バンド「ビーチ・ボーイズ」の音楽的リーダー、ブライアン・ウィルソンの半生記です。

 

ビートルズやバーズ、ボブ・ディランを音楽世界の源流とするわたしからするとビーチ・ボーイズはロックというよりはポップ・コーラスグループだなんて若いころは思っていたものですが、20代後半になってくると「ペット・サウンド」の美しさ&崇高さが理解できるようになり、グループとしては幻の作品となった「スマイル」周辺の物語を知るにつけ、村上春樹さんや山下達郎さんほどではないにせよ、ビーチ・ボーイズに興味を持ち、気づけばほぼ全アルバムを収集してしまい、今ではその音楽を心地よい風のようにドライブ中に流しているわたしからすれば本作は必見の作品でした。

 

当時の「ペット・サウンド」に対するバンドのメンバー(とくにマイク・ラブ)やレコード会社の無理解は頭では理解していましたが、本作で映像として表現されると、これまた辛辣で、ブライアンの苦悩が徐々に深まっていった様子が実感をもって迫ります。

 

ブライアンにとって満を持した自信作「スマイル」も、ビートルズの「サージェント」とほぼ同時期にひとり獅子奮迅の制作が進行したものの、葛藤や焦燥、喧噪の末の疲労感のなかで結果挫折することになった経緯もよく表現されていました。

 

そして時はたち、80年代にはもう音楽的に過去の人として、悪徳精神科医に管理されていたブライアン。でも彼に訪れる愛する人の来訪が彼を再び音楽的創造の世界への復帰へと導いていく。素敵な愛と慈悲の物語となっていました。

 

本作ではブライアンについて今まで知らなかった重要エピソードもちりばめられていました。第一は、父親の激しい暴力(現代なら完全にDV)により片耳がほとんど聞こえなかったこと。彼は60年代当時、モノラルサウンドにこだわり続けていたのですが、このエピソードで深くそれが理解できました。次に、その父親への憎悪と恐怖、葛藤の線上にあのはかなく美しいメロディがあったこと。そして当時、彼自身、普段から幻聴体験を感じながら音楽制作にそれを昇華させていたこと。もちろんドラッグの影響は知っていたのですが、常日頃から幻聴体験まであったとは・・。これはさすがに驚きでした。

そんなこんなであげればきりがないのですが、なかなか興味深い事実と映像の連続で、とても勉強になりました。

 

でも本作の正当な楽しみ方はやはり60年代のブライアンを演じたポール・ダノのそっくり熱演ぶりと劇中に流れる彼らの素晴らしいサウンドです。

 

あれこれといった知識よりもビーチ・ボーイズのメロディとサウンドは単純に素敵であり、挫折を乗り越え、聡明なパートナーを得て慈悲深い人生を成就させていくひとりの天才の物語の半生を楽しませてもらいました。わたしのようなポップスやロック好きに限らず、音楽好きには必見の作品だと思いました。

 

 

P.S.本作のメインテーマではないのですが、気づいた点をもうひとつばかり。

メンバーのひとり、マイク・ラブのことです。

本作でもそうですが、ブライアンにとっては生涯の天敵となっています。ビーチ・ボーイズといえば、要はブライアンもしくはウィルソン3兄弟のバンドともいえるはずですが、現在は彼によってその暖簾は強奪されており、アルバム「ペット・サウンド」の制作場面でも、当時ブライアンに対して「今までのビーチ・ボーイらしくない。犬や猫に聞かせるアルバムか?」と激しくしつこく罵倒し、ブライアンの葛藤を深めた張本人です。これは本作のなかでも表現されているとおりです。

 

しかし、これには後日談があります。

「ペット・サウンド」の素晴らしさや評価の定まった80年代になると、なんとあれだけ当時罵声を浴びせた彼自身が「あのアルバムは先進的で素晴らしかった」なんて言っており(このエピソードは映画には出てきません。ビーチ・ボーイズが当時来日したときの特集インタビュー記事で読んだわたしの記憶です)、とんでもないというか、あきれた人物であり、ブライアンにとっては精神的かつ音楽的障害であったことを本作でも確認しました。わたしにとっても彼の言動はこれからのいい反面教師になりそうです。もちろん当のブライアンはそんな確執的世界からすでに距離をとっており、それはそれでさすがブライアンだな~と思うまだまだ解脱しきっていないわたしなのであります。

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コメント: 2
  • #1

    シネ丸 (火曜日, 20 10月 2015 11:10)

    佐藤先生ほどビーチ・ボーイズに詳しくないシネ丸ですが、音楽好きとして観賞してきました。 あの軽快なサウンドの陰にこんなドラマがあったなんて「ビックリポン」でした。
    波瀾万丈な人生だけど,あんな素晴らしいパートナーの支えでハッピーな今の姿が見られると最後はホッとしました。でもあんな金髪グラマーが自動車ディーラーにいたら、絶対車買っちゃいますよね‼︎

  • #2

    四季のこころ (水曜日, 21 10月 2015 10:56)

    いつもコメントありがとうございます。
    ブライアン・ウィルソンの66年から70年ぐらいにかけての音楽面での深い葛藤はわたしも認識していたのですが、80年代のあんなグラマラスで聡明な女性との出会いなどについては知らず、本作にはいろいろと教えてもらいました。
    それにしてももしやあの名曲「ゴッド・オンリー・ノウズ」などの素晴らしい楽曲たちがブライアンの幻聴体験から生まれたものだとしたら、精神科医としてはなかなか感慨深いものがあります。