ルーム

5月の暑い昼下がりにサロンシネマにて本作の修行に行ってまいりました。本年度アカデミー賞主演女優賞に輝いた話題作でもあり、問題作です。

 

母は7年、子供は5年監禁された生活を送った小屋(ルーム)。まるで手塚治虫先生の「奇子」の納屋のような空間です。そのルームで生まれて5年とこのかた、まったく外の世界を知らず、テレビのなかの平らな疑似現実的世界と自分の住むルームの現実しかしらない5歳になったばかりのジャック。彼らがついに外の世界に脱出するまでが物語の序盤です。ここでハッピーエンドかと思ったらとんでもない。ここからが母子の苦難の始まりです。

 

そんな残忍な事件後の母子の再生物語とみるとこの物語は切なく美しいです。

理不尽なまでに時間と空間を奪われてきたふたりがとまどい、ときには泣き傷つきながら新たな世界で再生していく過程で、さらに親子として人間として成長していくふたり。

 

映画ラスト近くで母子が犯行現場であるルームに一度だけ戻り、こんな狭い空間だったのだと今さらながらに驚きと嘆きの渦潮に母親が包まれる隣で、ジャックのルームへのお別れの儀式が始まります。

「バイ、チェアワン・・」「バイ、デスク・・」「バイ、スカイライト・・・」

これにはさすがのわたしも絶望のどん底から少しだけ心が引っ張り上げられました。こんなひどい事件現場なのに、ジャックにとっては生まれ育ったまさに母なるルームであり、そこからの決別&旅立ちの儀式が次の世界へ進むには必要であったわけです。このシーンの救いは、やがて訪れるであろうさまざまな苦悩(特に犯人でもある父親の存在の矛盾とその子でもある自分自身の否定へと繋がる葛藤は傑作小説「氷点」の苦悩とも重なります)もこの儀式の日が心にある限り大丈夫なのでは?・・なんて考えたりもします。決してそんな安易なものではあるはずもないのでしょうが、ほろりとさせる本作随一の名場面だと思いました。

 

一方で傑作「チェンジリング」でも表現されたように、世界には拉致監禁事件が後を絶ちません。日本でもつい最近そんな事件が明るみにでました。わたしなどは、フィクションであるこの物語が原作も含めてここまで世界で共感を得られたということは本作のような話は巷に起こりうると誰もが信じていることにほかならず、世界はなんて多くの哀しみに満ち溢れているのだろう・・という気にもなり、こうした犯罪をなくすには個人の利得や欲望を優先する西欧個人主義からの旅立ちが必要なのでは・・なんて考えたりしました。

 

いろいろまだ書きたいこともありますが、長くなったのでここらで筆を置きます。しかし上の感慨もわたしの個人的一感慨にすぎず、いい映画である本作は当然そんな一面的な見方を許さず、さまざまな視点で語ることが可能な作品であり、テーマであると思います。そういう意味ではぜひ一度観ておく価値のある作品ではないでしょうか?

でも10代の若者たちにはさすがに推薦できないかな~(*_*)

 

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コメント: 1
  • #1

    シネ丸 (木曜日, 02 6月 2016 12:39)

    母親の綿密な計画による息子の脱出劇 ハラハラさせる展開,そして無事成功!
    ここまででも十分楽しめる映画ですが,ここからの母子の身の回りに起こる様々な過程が
    丁寧かつテンポよく繰り広げられ,一粒で2度おいしいような作品でしたね。
     それにしても先生の修行評には毎度感心させられます。 シネ丸のように本数をこなしてても,どうも中身の薄い修行になっており反省しきりです。