ジュディ 虹の彼方に

春にしてはまだ寒い月曜日の夜、T-Joy東広島にて本作を鑑賞してきました。1939年の「オズの魔法使い」、1954年の「スタア誕生」といった傑作ミュージカル映画の主演女優で、英米で今も猛烈な人気があるジュディ・ガーランドの最期の日々を描いた音楽伝記映画です。

 

「ボヘミアンラプソディー」の大ヒット以後「ロケットマン」といい本作といい、ミュージシャン映画が製作されており、個人的には大変喜ばしい限りです。

 

ジュディ・ガーランド・・・名前は聞いたことがあるものの、恥ずかしながらどんな女優か全然知らない状態で、本作に臨むことになりました。

 

若い頃から才能を見出されたものの、その才能故に映画会社から太らないようにと薬漬けにされながら、歌手としての人生の輝きを47歳で果てる最期の時まで追い続けたジュディの人生が、人生最晩年のロンドン公演を中心に描かれています。

 

舞台の上で輝く才能の光と、ドラッグや借金、三度にもわたる離婚問題にまみれたドロドロの私生活の影。この陰影が映画を縁取りながら、ラストに彼女にとっての最期になるであろう優しく熱い歌唱「オーバーザレインボー」に辿り着き、彼女の人生が集約されます。歌うという行為によって、人生の光と闇を鮮やかに表現することができた希有な才能の最期の光が本作のクライマックスであり、その最期の歌唱であるステージシーンには圧倒されます。歌詞の内容も彼女の人生の彼方を示唆しているようで、思わず泣けてきます。

 

もちろんこの歌に至るまでのハチャメチャな人生道程があればこそ、最後の歌唱が瓦礫のなかで輝く金の指輪のように、稀有なきらめきを放つわけでですが、常人離れした表現、混沌とした生活、それでも光り輝く魂・・・これらの清濁混じるさまざまな要素を組み合わせ、ついには芸術的昇華を達成し、まるで自らの人生をそれらと心中させるかのような天才たちの営みは、世界の至るところで、ときに美しく儚く存在しており、本作を観終わった後にはそんな人たちのことを思い出す人も多いのでは?と思ったりしました。

 

わたしにとっては、たった26歳で夭逝した表現者・尾崎豊です。彼のライブにはデビュー時のFirst Live Concert Tourから亡くなる直前のBirth Tourまで、広島はもちろん名古屋でも大阪でも全国津々浦々と出かけ(それにしても当時は嘘のように有り余る時間がありました)、通算6回ほどは参加できましたが、常にステージですべてを燃焼させ、精も根も燃やし尽くすような熱い表現でした。

 

特に数週間後にドラッグで逮捕されることになる四日市公演(Trees Lining A Street Tour)の凄まじさは今も我が人生のベストライブのひとつです。すでに2回のアンコールも終わりステージの片づけが始まり、客電(会場の照明)も全て点灯し、帰っていこうとする観客に向かって再び滑りこむように飛び出してきて、「まだ終わりだなんて誰も言ってないぜ・・」とつぶやき、ひとりピアノに向かい、まるでグレン・グールドのように背中を折り鍵盤にうつぶせるようにして何かを探すような鋭い目で見えない敵をにらむように歌い続ける汗だくのTシャツ一枚の彼の姿・・・。今までさまざまな場所でさまざまなアーティストのライブを経験しましたが、後にも先にも初めての体験でした。あの日の彼のエネルギーの残照がまだ自分のこころの奥にチロチロ燃えているのではと思うことさえ今でもあるほど強烈な体験でした。(たとえそれが覚せい剤のなせる業であったとしても、その夜の彼のエネルギーのスパークと彼の背中をまっすぐに突き刺すオーラのような白い真っすぐな光は、この先こんな場面にもう二度と会えないのではないか・・という不安と恍惚を感じさせるほどの眩いばかりのきらめきを放っていました)あたかも彼のライブは参加したすべての悩み多き若者たちに生きていく勇気を与えているかのようでした。

 

しかし、私生活のレベルでは、その尾崎も燃やし尽くした後の反動はかなり大きかったのではないかと今更ながらに思い出したりしました。

 

彼らが表現してくれた「短く花火のように輝き、燃え尽きる人生」に感謝し畏敬の念を抱きながら、もう彼らが生きた年月を越えてしまった情けない自分のことはさておき、能天気なわたしは帰路思わず「 Somewhere ~Over The Rainbow,Way Up High ~ 」なんて口ずさみながら、ウィルスの足音が聞こえるような漆黒の夜を車で駆け抜けていきました。