罪の声

本作を冬の真夜中にT-Joy東広島にて鑑賞してきました。あのグリコ森永事件の犯人像を取り扱った映画です。

 

事件はもう今から35年ほど前に実際にあった日本初ともいえる阪神および中京地方を含む広域を舞台とした劇場型犯罪でした。当時の人で知らない人はいないというほど大事件であり、コミカルなタイプライターによるひらがな中心の脅迫文、現金受け渡し場所を指定する単調な子どもの声、大阪や愛知のスーパーに実際に置かれた毒入りお菓子、そしてグリコの江崎社長の誘拐。コミカルながら得体の知れない、底知れぬ深さのある不気味な事件でした。捜査陣もそれにかく乱されたのか、名神高速大津SAなどで犯人グループの一人であるキツネ目の男を目視で捕捉しながら、警察の命令系統の不備により指をくわえて取り逃すという大失態もあり、結局犯人は捕まらず、遺留品や足跡の多さにも関わらず迷宮入りした事件です。

 

それを大胆にも、事件の動機、経緯から犯人像、そして事件の影にあった家族や声の主となった子供たちの悲劇をまるで本当にあったことのように表現した原作の映画化です。どんな映画体験になるか久々わくわくするような気持ちで映画上映に臨みました。

 

観終わって一言。本作は度肝を抜くような傑作でした。映画のなかでは結末を含め、事件は見事に解決していました。このなかで本事件が実はオランダで実際に起きた事件の模倣であったということも初めて知りました。わたしを含め当時生きていた人々にとっては、本作で初めて知る事実も多く、謎だらけの事件をひも解く、目から鱗の事実の連続でした。

 

しかし事件の謎解きにとどまらず、図らずも事件に関与したさまざまな人の人生を巻き込んでいったその変遷が悲しみと無念を伴いながら、たったの2時間のなかで、これでもかというぐらいダイナミックにあふれるような映像で描かれていました。まるでノンフィクションのような衝撃とさまざまな人のドロドロとした欲望と怨念を観た思いがしました。

 

つねによい作品というのはいつも複合的であります。本作でも、子どもを巻き込みたくないと願う現在に生きる成長した罪の声の主と対称的に、子どもを無慈悲に容赦なく事件の声に使い、その人生を大きく悲劇的に狂わせながら、闇のなかに逃亡した犯人たち・・・。まるで幾何学のようなコントラストも隠し味として効いていました。たぶん作者や監督はこちらこそ描きたかった主題なのだと思います。なんやかんやで含蓄のある奥の深い作品でした。

 

本作は犯人像に関してはあくまでもフィクションですが、本作を観た真犯人(もう時効も成立しています)が、感動?もしくは憤り?のあまり「ちゃうちゃう  げんじつはもっとどろどろでっせ  わしがしんじつおしえたる  どくいりさかいかんべんな  怪人21めんそう 」と、いつか本事件に関する本でも書いてほしいという気持ちになりました。

 

いずれにせよ「いやあ~映画ってホントに素晴らしいです」と思わず嘆息にふける一作でした。