いのちの停車場

本作を紫陽花が色づき始めた梅雨空の夜に、T-Joy東広島にて鑑賞してきました。

 

本作は、在宅医療の6症例を中心に、いのちに関わる医療の在り方を描いた作品です。ある事件をきっかけに、大学病院救命救急科でのキャリアを捨てて、故郷の金沢に戻った女性医師が在宅医療専門の診療所「まほろば」(素敵な名前です)を引き継ぎ、悪戦苦闘しながら、患者さんらとの出会いと別れを繰り返す日常を通して、いのちとは?というテーマを照らし出してくる作品になっています。ほのぼのな展開と思いきや、物語の最期には、老いた肉親の安楽死という重いテーマが待ち構えており、本質的にはヘビーな作品でした。

 

しかし、わたし自身が惹かれたのは、金沢の古くも懐かしい街並です。なにげない川沿いの屋根付きのバス停や古い扉を開ける昭和の診療所の佇まい、狭い路地の末にある行きつけの食堂の風情などがこれでもかというぐらいに展開し、もうずいぶん埋もれてしまった過去のこころの領域に光を当てられるような感覚を覚え、幼き頃にまだ若かった母と小さな弟と家に帰るため夜のバス停で雨の中ずっとバスの光が訪れるのを待っていた時間の残照がこころの奥から甦ったりしました。

 

また往診患者さんが数人というささやかな地域の診療所を中心に、仕事が終われば夜は先代院長からの行きつけの食堂&バー「ステーション」で、マスターのモンゴル料理に舌鼓を打ちながら、お酒を嗜み、ときにはマスター(みなみらんぼうさんが演じています)自らの弾き語りを聞いたりする生活は、日々診療に追われ、たまの映画鑑賞やひとり読書などをささやかな楽しみとしている我が身からすれば、羨望の世界がそこに繰り広げられられていました。

 

そして、何といっても気になったのは、主人公が老いた父親と暮らす実家です。金沢の街を見下ろす高台の昔ながらの洋館。引き戸をあければ居間から雪の降りつもる金沢の街の様子や川の流れ、人々の行き交う通りを眼下に一望できるという格別なロケーションに存在する洋館。こんな素敵な家は金沢に実在するのか、完全に架空な建物なのか、とても気になりました。もし実在するのであれば、一度は訪れてみたいと思わせるぐらい素敵な家の風景でした。

 

本作のテーマとはまったく外れた部分にばかり興味をもってしまいましたが、なんやかんや言っても、白石先生のその後と温かな地域の診療所「まほろば」はこの先どうなってしまったのだろう?という気持ちがどうしても残ります。

 

おそらく野呂青年は晴れて医師国家試験を合格し、医者になり金沢の街に戻り、星野看護師とともに4代目院長として地域医療を担っていくという未来が理想なのでしょうが、野呂青年は大病院の御曹司でもあり、そう簡単にはことは運ばないような気もしますし、平和な診療所運営には山あり谷ありの道が待っているに違いなく、そんな未来ものぞいてみたくなる作品でした。

 

我が身を振り返れば、こんなロケーションもよく理想的な診療所で働くという状況ではないですが、親切で思いやりのあるスタッフとともにやさしく誠実な患者さんを迎えてささやかながらも温かく小さな診療所で日々働けているわけで、そのありがたさを噛み締めてまた日々の診療に戻ろうという想いを強くしながら、帰路に着きました。