ジュラシック・ワールド新たなる支配者

本作を夏の暑い日の昼下がりにT-Joy東広島にて鑑賞してきました。いつも映画はひとりで観ることが多いのですが、人気作品でもあり珍しく複数で、しかも日曜日の鑑賞となったことで、字幕版も吹き替え版も満員御礼のため、比較的空いていた3D版での修行となりました。

 

ジュラシックパークからワールドへと続く大きな流れの最期の作品ということで、否が応でも期待に胸を膨らませての鑑賞です。

 

あっという間に楽しい時間は過ぎ去りました。映画としては、ラプトル、チラノザウルスなど強く素早い恐竜が画面いっぱいにスピード感満点の大活躍で人間をまったく凌駕する活躍で、襲われる人間の恐怖や不安は途方もなく恐竜アクション映画としては文句なしの作品となっていました。

 

しかし一方で、最終回としての物語自体としては、これで終わりで本当にいいのだろうか?・・・なんて思ったりもしました。確かにジュラシックパークおよびワールドの両作品を越えて迎合を果たしたレジェンド登場人物たちが互いに協力して、恐竜を利用して世界の支配をたくらむ悪の組織「バイオシン」を倒し首領を殺し、恐竜を開放するという勧善懲悪作品となっていましたが、それはそれで恐竜を悪用する秘密組織の本部のなかで、巡り合ったレジェンドたちが七転八倒してなんとかその襲撃をかわし、悪の首領を倒し、ついに恐竜を開放するというのもありなのかもしれません。

 

それでもおそらく多くのジュラシック世界のファンや観客の方々は、「現代に甦った恐竜とエンタテインメントのために神の領域に手を出てしまった人間が本当にこの地球で恐竜と共生できるのだろうか?」という壮大なテーマの終焉を観に行ったのではないか・・・?と思ったりするのです。

 

そのためには悪の組織は要りませんし、世界を混沌に陥れる大型バッタ繁殖作戦なども無用であり、例えば、なんの落ち度もない無辜の市民の住むロサンゼルスやニューヨーク辺り、つまりアメリカを代表する都市に恐竜たちが侵攻し、彼らの残虐で血も涙もない無制限の大暴れにより崩壊していく人間世界を描き出し、それでも犯した罪の大きさに悩み、圧倒的な恐怖や恐竜が迫りくる不安に襲われながら、大災害に抗い続ける人間たちの知恵や立ち上がった市民たちの活躍を得て格闘奮戦しながら、その末に訪れる黙示録的世界・・・。 神の領域、いわばバベルの塔建築に手を出した人間たちに降りる鉄槌、それに抗う弱く愚かな人間たちのレジスタンス・・・なーんていう、恐竜との対峙をフィルターにて人間の業を表現するなよう壮大かつ哲学的な物語を観たかったのはわたしだけでしょうか?

 

もちろん上記は個人的妄想に近い期待であり、ほんの期待の欠片の一片であり、本作を体験した観客のみなさんにはおそらく百科百様の期待やイメージがあり、本作にはそんな期待に応える素晴らしい材料が有り余るほど満ちていたのにそれらをほとんど使わずに終幕を迎えたようにわたしには思われてしまい少し残念感が残ってしまいました。

 

加えて、チラノザウルスやラプトルをはじめとした攻撃的恐竜も魅力なのですが、ジュラシックパーク時代に観られた水辺に遊ぶプラキオザウルスやブロントザウルスのような巨大ながら気の優しい草食恐竜がほとんど見られなくなったのも少し残念でした。

 

まあそうは言っても、本作は恐竜が甦ったらという夢のような発想を基に恐竜が現代に大活躍する世界を精緻かつ迫力満点の素晴らしい映像で我々に示し続けてくれた本作は偉大であり、この間、全世界の子どもたちはもちろん、かつて子どもであった大人たちにも多くの夢とイメージを見せ続けてくれたことは間違いなく、やはり感謝の気持ちしかありません。

 

難しいことでしょうが、せめて泣きのもう一作の追加制作により、気持ちがストンと落ちる最終回を観てみたいものですが、こうしていろいろと思いを巡らし夢想できてしまうこと自体が偉大な作品の証しなわけであり、素晴らしい時間と夢を与えてもらった作品となりました。