旅と日々

つげ義春さん原作の本作を冬の足音が聞こえる11月の下旬の休日に広島市内のサロンシネマで観てきました。 思えば東広島に転居してから早28年たちますが、クリニック開業前のほんの10数年前勤務医時代は休みの日にはふらりとひとり市内に出かけ、朝から夕方までサロンシネマや同系列のシネツインや八丁座で3-4本もの映画をはしごしていたものですが、開業してからは多忙にかまけてそうした力技的鑑賞法が減り、市内に出てもここぞの一本をゆっくり観て、その後お気に入りの大型書店である「丸善」さんの本の森( 元天満屋百貨店の7Fと8Fのフロアを店内カフェであるタリーズコーヒーと僅かな文具コーナーを除いて2フロア分ほぼすべて本で占めており本好きにとっては夢の国です )のなかをのらりくらりと徘徊しながら、普段から嗜好や興味の点で偏りの大きいわたしのようなものにとっても十分に興味を引く「本物の本」を手に取って立ち読みしたり、眺めたりすることがとても気持ちよく映画とともに広島市内散策の楽しみとなっています。

 

さて閑話休題・・。 本作ですが、若い頃から全集を持っているほど大好きな漫画家つげ先生の原作であり、あのシュールで不思議な世界観をどのように表現しているのだろう?・・といった興味をもっての鑑賞となりました。

 

本作の広告で、『 現代日本映画界を牽引する三宅唱監督による注目の最新作 』ということでしたが、最近の映画修行の不摂生がたたり、まだ一度も体験していない監督だけにどんな作風なのだろう・・?という印象でしたが、観終わってなるほど~という感慨でした。

 

カメラの長回しや視点の低さはかつての巨匠・小津安二郎監督のそれを思わせます。物語的にも、あえて強い筋の物語や方向性のないままに日常のなかでの陰影に包まれた人々とその生活を描く・・。 小津チルドレンのわたしに大歓迎の絵柄や構成、空気感です。 そして海と山のある一地方で生きるひとがそれぞれの事情を抱えながら生きている空気感に触れて、都会からさまざまなストレスを抱えて感性が枯渇しかけていたスランプ気味の一女性脚本家がそれらを通して柔らかに自らの感性や視点を再生していく過程・・。 そこには日本のどこにもありそうな無名性の高い風景や人々が佇んでいます。 まるで傷ついた人にとって滋味深く栄養を与えてくれる土壌がスクリーン上に切り取られ提示されていました・・。

 

しかし本作を観て小津作品の一連の作品群よりも、なぜか不思議にもこころに回帰したのは、函館出身の夭折の作家・佐藤康志さんの原作を基にした映画「海炭市叙景」です。「海炭市叙景」は本作と同様に作者にとって故郷である函館に生きる人々の生活や出来事を淡々と描いているのですが、物語自体は何も語らないものの、作品を観た者のこころの深い水面にやや不穏な波風を吹かせ、観たもののこころに陰影の深いモノトーンの波紋を描くようにひっそりといつまでも影を落とす作品でした。 

 

日本的陰影というかわびさびの文化というか、日常のなかで懸命に生きながら静かにたたずむ人々の姿が穏やかにこころに刻まれる作品でした。 これらは個人的にはどストライクの世界であり、いまは亡きつげ義春先生にとってもこうした素敵な映画化であれば、かの国で悦ばれているに違いありません。 次回の三宅監督による新作がいまから楽しみになりました。

 

P.S.いつもこうした文学的作品を観てから思うことなのですが、わが街のT-Joy東広島においても2週間ほどで良いので、こうしたマイナーながらも滋味深い作品の上映をお願いしたいところです。