季節はずれの帰郷

9月のとある週末に盆正月でもないのに季節はずれの帰郷をしてきました。 それというのも名古屋のホテルにて中学の学年同窓会が開催されたのです。 卒業以来40年余りたって初の開催であり、これはぜひとも出席しないとと思い、なんとか出席してきました。 残念ながら土曜の昼からの開催であり、クリニックの診察は普段仕事をされている患者さんらにとって土曜日の診察は貴重であり、ほぼ毎週予約で満員の状況であり、盆正月の休みならともかく、私的都合で休診にするわけにはいかず、午前の診察が終わり次第、二次会から駆けつけるという形での参加となりました。

 

元々母校である桜小学校のクラス会は本ブログでも感慨を毎回書いているとおりですが、15年ほど前から5年に一回の頻度で開催されており、馴染みの友人らが毎回60人ぐらい参加するのですが、今回の弥冨&北中学同窓会は学年460名ものマンモス中学(当時はこれぐらいの規模は普通と思っていましたが、さすがに大きすぎたのか中学3年にあがるときに弥富中と弥冨北中に分離しました)であり、一次会120名、二次会60名あまり参加の会となりましたが、マンモスゆえの悲しさか正直半分ほどしか顔を知らない不思議な会となりました。

 

なんとか3時半過ぎに二次会から遅れて参加し、まさに駆け付け3杯でほろ酔い気分に浸りながら、ほぼ40年ぶりにさまざまな懐かしい顔に再会しさまざまな想いや感慨が溢れてきた時間でしたが、一番印象に残った出来事を書き残しておきます。 

 

中学2年の時に所属したB組は中2だからかどうかは不明ですが、キラキラと輝くようなクラスメートが揃い仲間の結束も強く、初恋と言えるY田さんをはじめとして、F貝さん、Y口さんという学年でも有数の可愛いこたちがいて、隣の席になったときはこのまま中2が永遠に続けばいいというほどで、今でもときどき思い出す良い想い出だったのですが、2次会にてその2年B組のメンバーが集まっているというテーブルに勇躍訪れたところ、なんとそのF貝さん、Y口さんがいました。早速わたしも自己紹介して参加したのですが、残念ながら現在のわたしの顔を観ても全く思い出せないとのこと、名前を告げてもピンとこない・・。 彼女らは分離した北中でともに卒業を迎えていないこと、当時中学は男子全員がマルコメ印の坊主頭であり、現在のわたしは当時とは異なるふさふさ頭?に加えて、風雪を重ねた年期としわが刻まれた顔ですからまったくの別人であることは間違いなく、加えて40年ぶりでは仕方ないのかもしれません。 苦笑いでそのまま談笑してましたが、リアルタイムでは内心穏やかではなかったです。   

 

しかし後に思ったことですが、顔だけではなく名前さえ記憶にもまったく残っていないということは、よくも悪しくも彼女らにとって、わたしは得にも毒にもなっていなかったということであり、当時さまざまな思いをもって彼女らと接していた自分ですが、良い記憶も残していないものの、記憶に残るような悪い印象も残してなかったということに不思議なことに安堵感を覚えたりしました。

 

その一方で、同じ2年B組のテーブルにいた当時転校生であった大崎くんはわたしのことを覚えてくれていました。彼は現在宮崎県在住ということであり、わたしも故郷から遠く離れた広島県在住であり、同志的な思いを持ち、短い時間ながら少しだけ懐かしい話をしました。

 

2次会もあっという間に終わり、もう出来上がっていたわたしは三次会に参加したものの、まさに夢のように過ごし、それも終わり、名古屋から実家のある弥冨に戻った後、いつもの正月会メンバーと深夜営業のファミレスでいろいろと駄弁り、さらに名古屋港近くの24時間営業の「横綱ラーメン」で締めのラーメンを食べ、朝3時過ぎに実家に帰宅し泥のように眠りました。

 

翌日は広島にて家族の大事な用事があり、9時には起きて母親の作ってくれた朝食をいただき、近鉄電車に乗り名古屋駅に向かい、11時過ぎの新幹線にて名古屋を後にしました。 後から聞いた話では大崎君もそれぐらいの時間に空路宮崎に帰っていったとのことでした。

 

中学の同窓会は100名あまりの小学校と異なり、500名近くを母体とする同窓会。 今回は二次会からの参加だったので、やっとそのうちの60名ほどの顔に会えたものの、半分近くは顔と名前同定不能でありました(^_^;) しかし馴染みが多く勝手のわかる小学校のクラス会とは異なり、中学時代の自分という存在がいかに小さく誰も覚えていない存在であったということを今更ながらに確認できたことが痛快であり感慨深かったです。 なんだか当時のこころや記憶がずいぶんと軽くなったような気さえしました。 なんやかんやありながらも小学も中学も(おまけに大学まで参加させてもらいました)同窓会を開催してもらっていることは望外の幸せであり、今回の開催にこぎつけてくれた幹事であるひっつあん(小学校のクラス会の幹事でもあります)にはまたまた感謝するしかありません。 勝手な願いですが、今回に懲りずまた3年後ぐらいには再び中学の同窓会を開催してほしいものです。 

 

今回中学の同窓会を通して、10代の自分の影を同級生たりを鏡にして見てきたのですが、最近は10代の頃の想いや記憶はこころのなかでも徐々に遠く深くに潜りつつあるように感じます。 しかしこうしたリアル体験のおかげで今回はそうした記憶が少しサルベージされたようであり、当日にコンタクトできたみなさん誠にありがとうございました。

 

P.S. 実は今回の同窓会に参加した後、さまざまな思いが湧いてきてはそれがすぐには消えることなくこころの底に沈殿し、一か月ほどなぜか理解しえない、すぐに消化しえない思いが頭のなかに錯綜したりすることがあり、ふわふわするような不思議な感覚が続きましたが、それもご愛敬でいまは平常モードに戻っています。 故郷は遠くにありて思うものでした。